カメとの別れ

ペットの死

2013年4月27日、10年近く飼育していたニホンイシガメの「あねご」が死にました。ペットの飼育は飼い主に多くの喜びや癒しを与えてくれますが、かならず「ペットの死」という悲しい出来事が伴います。「そのとき」の飼い主の対応について書いておこうと思います。

動揺したり悲嘆にくれても不自然じゃない

カメに限らず、犬や猫でもあることなのですが、周囲の人が「何をそんなに悲しんでるの。(たかが)ペットじゃない」などと言葉をかけてくることがあります。おそらく、飼い主を元気づけようという善意からなのでしょうが、それを言われた飼い主のほうでも「やっぱり(たかが)ペットが死んだくらいでこんなに悲しんでいる自分ってヘン?大げさ?」と考え、自分の感情がよくわからなくなってしまうことがあります。でも、このように感情を否定して抑制してしまうと、飼い主が「喪の仕事」(後述)をやりとげて喪失体験から回復することの障害になってしまいます。動物の「命」に向き合い、愛情をもって世話をして、日々の関わりの中から大きな喜びや安らぎを得てきた飼い主にとってペットの死が重大な喪失体験となることは何ら不自然ではありません。

飼い主のこころの中で起こること

ペットの死が飼い主にとって重大な喪失体験となることからすると、飼い主は喪失体験からの回復のため「喪の仕事」をしなければなりません。「喪の仕事」とは、簡単にいうと、喪失に伴う感情を表出し、喪失の事実を受け容れ、喪失対象との関係を「思い出」に変えていくことで喪失の痛手から回復することです。個人差はありますが、通常1、2ヶ月程度「喪の仕事」に時間がかかります。1、2ヶ月を過ぎても「喪の仕事」がうまくいかず喪失体験からの回復が遅れ、社会生活に支障をきたすことを「ペットロス」といい近年注目されています。

ペットを葬る

「喪の仕事」をするにあたって、ペットをどのように葬るかが重要になります。そんなことはないとは思いますが、例えば、ペットの遺体を「燃えるゴミ」に出してしまうとすれば、それはペットへの愛着と矛盾する行動ですので激しい葛藤が生じると思いますし、死の直後は「ひょっとしたらまだ生きているかもしれない」という希望や離れがたい思いからペットの遺体を傍に置いておきたいと思うのですが、そうするとやがて遺体が腐敗して飼い主を残酷に打ちのめすことになります。

ペットを葬るというと、かつては庭の隅や近所の野山に埋葬することが多かったと思います。しかし、近年では庭のある家ばかりではありませんし、野山に埋めると「不法投棄」になります。したがって、ここは火葬にすることを考えます。ペットの火葬というと、トラックで出張してきて火葬を行う業者があるようですが、この種の業者に関するトラブルが多数報告されています。ペットの死に打ちひしがれる飼い主が業者とのトラブルで「ダブルパンチ」にならないように業者選びは慎重にしたほうがいいと思います。私の居住する仙台市では市営の「ペット斎場」がペットの火葬を行っています。あねごの場合、斎場持ち込み、お骨引き取りありで料金は4600円でした。ペット斎場はペット専用の炉で一般廃棄物とは別に火葬を行っており、係員の対応も丁寧でした。

ペット斎場

ペットの納骨

今回「お骨引き取りあり」で火葬しましたが、これは、お骨があるほうが「喪の仕事」がスムーズにいくように思うからです。お骨はペットが生前いた場所の傍に置いてあります。ふと目をやるとお骨が目に入り、そこで死んだペットの「魂」が今も見守っているように感じます。それは、喪失体験を時間をかけて受け容れたい飼い主が作り出した幻想なのでしょう。しかし、その幻想が実際に心の痛みを和らげてくれるように感じるのです。

お骨

お骨は1、2ヶ月たったら市営の霊園にある動物用の納骨堂に納骨します。費用は無料ですが、骨壷ごとの個別の納骨はできません。お骨だけをまとめて納骨になります。

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